湘南国際マラソン当日の駐車場について

湘南国際マラソン 駐車場 について

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湘南国際マラソンの会場へ車で行こうと思っても、

会場周辺には駐車場がありません

 

会場は大磯プリンスホテル周辺になりますが、

大磯プリンスホテルに隣接する大磯ロングビーチの駐車場は、

湘南国際マラソン当日は会場として使われるので、

車を止めることができません。

 

もちろん、大磯プリンスホテルの駐車場は使えません。

 

会場周辺にはそれ以外に駐車場がありません。

 

会場から一番近い駐車場は、

JR二宮駅周辺かJR大磯駅周辺の駐車場になります。

 

しかし、両方とも5台くらいしか止めることのできない

コインパーキングが数個ある程度です。

 

湘南国際マラソンのランナーの募集人数が2万4千人ですから、

ランナーと応援する人を合わせると5万人は超えるのではないかと思います。

 

それに対して、二宮駅周辺、大磯駅周辺の駐車場

全てをあわせても50台程度しか止められないと思います。

 

という事は、湘南国際マラソン開催の前日から終了まで、

満車になっていると考えたほうがいいと思います。

 

湘南国際マラソンの参加者、応援者の中で

宿泊する人は少なくないと思います。

 

駅周辺の駐車場は、

宿泊する人たちで満車になるのではないか、

と考えたほうがいいと思います。

 

どうしても、二宮駅か大磯駅周辺に車を止めたい、

という事であれば、

前日の午前中から車を止めておいたほうがいいと思います。

 

 

そんなことをするよりも、

JR平塚駅周辺なら有料駐車場がたくさんありますので、

そちらに止めたほうがいいと思います。

 

平塚駅は大磯駅の隣です。

 

平塚駅周辺の駐車場に車を止めて、

JRで大磯駅か二宮駅まで行き、

そこからシャトルバスが出ますので、バスに乗って会場に行くのが

一番良いのではないかと思います。

 

私は湘南国際マラソンの時は二宮駅を使ったことがありません。

 

ですから、私自身よくわからないのですが、

二宮駅よりも大磯駅のほうが東京側になりますが、

東京方面から来る人はおそらく大磯駅を使う人が多いので、

二宮駅のほうが空いているのではないか、

と予想している人がいます。

 

湘南国際マラソンの案内によると、

両駅ともかなり混雑するという事ですけどね。

 

平塚から大磯まで約4分、運賃は180円

平塚から二宮まで約8分、運賃は190円

です。

 

ちなみに大磯駅にAM7:00ころに着いた人によると、

シャトルバスに乗るまで約20分待ったそうです。

 

私のような応援者は、二宮駅、大磯駅に

AM8:30以降に到着するようにしてください、

と案内に書いてありましたので、

私はAM9:00頃大磯駅に着くようにしましたけどね。

 

そして、私は大磯駅から歩いたので(約30分)、

シャトルバスのことはちょっとわかりません(*_ _)人

七五三の千歳飴の本数は?

七五三 千歳飴 本数 について

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七五三の千歳飴の本数は、

お祝いしたお子さんの年齢と同じ本数です。

 

3歳なら3本、5歳なら5本、7歳なら7本ですね。

 

千歳飴は地域によって違いがあって、

お子さんが食べたり、近所に配ったり、お祝いのお返しに贈ったり、

といった違いがあります。

 

しかし、そういった違いはあっても、

年齢と同じ本数というのは違いがないようです。

 

千歳飴は1本ずつのし袋に入れ、

それを縁起の良い鶴亀や松竹梅が描かれた袋に入れるのが

一般的ですね。

 

 

ではなぜ歳の本数なのか、こんな言い伝えがあります。

 

千歳飴は、細く長いですよね。

これは親が子供の長寿の願いを込めて細長くなっている、

という事なんです。

 

その長寿の願いのこもった千歳飴を

歳の本数だけ体に取り入れることで長寿を願った、

という事です。

 

それが変化して、お子さんが食べる以外にも

近所に配るようになったり、お祝いのお返しとして贈ったり

するようになったようですね。

 

 

さて、お子さんの長寿の願いが込められた千歳飴ですが、

実は、もともとは江戸時代に商人によって売り出されたのが

最初だったようです。

 

紅白の棒状の飴を「千歳飴」「長寿糖」として

売り出されたのが最初だそうです。

 

その時のキャッチコピーが

「長い長い千歳飴を食べると千年もの長寿になる」

というものだったようですよ。

 

千歳飴を売り出すキャッチコピーが、

そのまま長寿の願いが込められたものになるのですから、

なんだかおもしろいですね。

 

ちなみに千歳飴の由来は諸説ありますが、

今の説は諸説ある中の1つにすぎません。

 

 

七五三の思い出として私は、

7歳の時に千歳飴を7本もらいましたが、

「こんなにも一気に食べれないよ!」と思いながら、

気が付いたら一気に食べていた、

なんてことがありましたね。

 

長寿をお祝いする千歳飴の食べ過ぎで体調を崩したら

なんか意味がないような気がします。

 

7歳のお子さんが一気に7本も千歳飴を食べたら、

ひょっとしたら体調を崩すかもしれないので注意したほうがいいですね。

 

子供が虫歯にならないように千歳飴を食べさせない、

なんていう方もなかにはいるようですけど…

七五三はいつ祝う?10月生まれのお子さんの場合は?

七五三 いつ 10月生まれ について

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最近、七五三をいつやるか、

満年齢でやるのか、数え年でやるのか、

また、11月15日にやるか、それ以外の日にやるか、

人によってバラバラですね。

 

それで、ここではまず、元々七五三はいつやるものなのか

ということについて説明していきます。

 

 

七五三は、本来は毎年11月15日にお祝いしていました。

女の子は数え年で3歳と5歳

男の子は数え年で3歳と7歳

本来お祝いをしていたんです。

 

ですから、10月生まれの場合は

2013年の場合、

2011年生まれの数えで3歳の男の子と女の子

2009年生まれの数えで5歳の女の子

2007年生まれの数えで7歳の男の子

がお祝いをするのが本来でした。

 

 

しかし、最近は11月15日にこだわることなく、

10月下旬から11月下旬の都合のつく日にお祝いしていますよね。

 

また、最近は数えではなく満年齢で3歳、5歳、7歳になったら

七五三のお祝いをしていますよね。

 

つまり、10月生まれのお子さんで2013年にお祝いするのは、

2010年生まれの満3歳の男の子・女の子

2008年生まれの満5歳の女の子

2006年生まれの満7歳の男の子

になりますね。

 

10月生まれの場合は、七五三のお祝いをする日には、

すでに満3歳、満5歳、満7歳になっているので、

問題はないと思います。

 

もし、10月31日生まれのお子さんで、

10月27日に七五三のお祝いをする場合は、

お祝いする日が満2歳でも、

七五三本来の11月15日は満3歳になっているので、

満3歳(満5歳、満7歳)になる年に行ってもいいと思います。

 

 

ちょっとややこしくなるのが、12月生まれですね。

満3歳、満5歳、満7歳になる年に祝うのか、

その翌年、七五三の日に満3歳、満5歳、満7歳になってから祝うのか、

ちょっと迷ってしまいませんか?

 

本来は数え年で行っていたので、

本来の考え方からすると、満年齢に達する年、

つまり満3歳、満5歳、満7歳になる年に行うと考えることができますよね。

 

実際にいつ祝うのかは、各家庭の考え方によりますので、

どちらでもいいと思います。

 

 

私が個人的に思うのは、

七五三はおばあちゃんやおじいちゃんとの関係も含めて、

家族が納得する時に行えばいいと思っています。

 

万が一、頑固なおじいさんがいて、

「数えで3歳になった11月15日に最初の七五三を祝うべきだ。」

と考えていて、他の日にお祝いすると機嫌を悪くしそうなのであれば、

その通りにすればいいのではないかと思います。

 

また、近所付き合いの関係で、

満年齢に達する年にお祝いをしないと恥ずかしい思いをする、

という事であれば、満年齢に達した年にお祝いをすればいいと思います。

 

以前は、七五三は地域によっても違いがありましたが、

最近は一部の地域を除けば各家庭によってお祝いする年や日が違いますので、

家庭の都合の良い日にお祝いすればいいと思いますよ。

ハロウィンの衣装 手作りマントの作り方

ハロウィン 衣装 手作り マント について

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10月31日といえば、ハロウィンですね。

 

いろいろな場所でハロウィン衣装を身にまとった人々を

見かけますよね。

 

「ハロウィンの衣装を手作りで簡単に作りたい!」

そう思っている方は多いのではないでしょうか?

 

ここでは、ハロウィン衣装の手作りマントの作り方で

参考になるサイトを紹介します。

 

とっても簡単に作りたいという事であれば、

ハロウィンの衣装を手作りで簡単に!30分で完成!子供編
(ほほう知恵袋より)

が参考になると思います。

 

ドラキュラマントの作り方が紹介されていますが、

黒い布と赤いリボンを用意すれば

10分もあれば手作りマントを作ることができるでしょう。

 

 

もう少し凝ったものを作りたい、という事であれば、

@niftyで紹介されているハロウィン衣装の手作りマント

が参考になると思います。

 

ちょっと手間を加えるだけで、

ハロウィンでよく見かけるマントを手作りで

作ることができますよ。

 

 

布ではなくて黒のビニールで作りたい、という方には、

「節約しながらやさしい育児」で紹介されているハロウィンマント

が参考になると思います。

 

子供用として紹介されていますが、

大きいビニール袋を用意すれば、

大人用も作ることができると思います。

 

 

「ごん太のちょこちょい日記」の手作りハロウィン衣装

も、ビニールでマントを作る際の参考になると思います。

 

 

ネットでハロウィン衣装の手作りマントの作り方を調べると、

本当にいろいろ出てきますよね。

 

この記事を書く前は、

布とビニールでの作り方1つずつ紹介するつもりでした。

 

しかし、いろいろありすぎてそれぞれ1つづつに絞り切れなかったので、

結局2つずつになってしまいました。

 

これでも、いろいろなサイトを見て、

一番参考になるであろうものを紹介されていただいたつもりです。

 

参考にしていただければうれしいです。

 

岸和田だんじり祭りの編み込み~だんじり娘のヘアスタイル

岸和田だんじり祭り 編み込みについて

上の動画は、2012年の岸和田だんじり祭りの様子です。

 

動画をよく見るとわかると思いますが、

だんじりを曳(ひ)いている女性で

編み込みをしているのをたくさん見かけますよね。

 

この編み込みは、だんじりヘアーと言われるくらい、

岸和田だんじり祭りでは定番になっている髪形です。

 

上の動画ではちょっとわかりづらいのですが、

編み込みには様々な模様があります。

 

町名を編み込んだもの、

花やハートなどを編み込んだものなど、

見ているだけでも楽しくなってきます。

 

岸和田だんじり祭りは、

女性がだんじりを曳(ひ)けるのは高校3年まで

という慣習があるところが多いです。

 

それで、高校3年までの短い期間しかだんじりを曳(ひ)けないので、

少しでも目立とうという事で髪を編み込んでいる、

なんていう話があります。

 

実際に美容院では、

「一番目立つように編み込みをしてほしい。」

という注文が多いようですよ。

 

 

岸和田だんじり祭りで編み込みが始まったのは、

昭和55年ごろだ、という事です。

 

初めはシンプルなもので、人によって大差はなかったようですが、

2000年頃から様々な模様が出てくるようになったそうです。

 

編み込みをし始めたころは、

編み込みをしているだけで目立った気がしますが、

多くの人が髪を編み込むようになると、

それだけでは目立たなくなるでしょうから、

様々な模様で編み込むようになったのかもしれませんね。

 

 

岸和田市内の美容院は、

岸和田だんじり祭りの数日前から予約でいっぱいになるそうです。

 

予約を受け付ける時期は美容院によって違いはありますが、

1年前から予約でいっぱい、なんていう美容院もあるようですよ。

 

料金は美容院やデザインによって違いはありますが、

ある美容院では平均2万円、最高で4万5千円だそうです。

 

岸和田だんじり祭りのために、

お金をかけて編み込みをするわけですから、

岸和田の方のだんじり祭りに対する熱の入れようが

わかるような気がしますね。

 

 

また、美容院で編み込みをするのではなく、

親に編み込みをしてもらう少女も多いようです。

 

 

岸和田だんじり祭りの見どころといえば、

S字のカーブの曳き回しや、

曲がり角を全速力で曲がるやりまわしなど

いろいろありますよね。

 

それに加えて少女たちの編み込みも

見どころの一つになるのではないでしょうか?

 

お月見の由来

お月見の由来について

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中秋の名月(旧暦8月15日)にお供え物をして月を鑑賞するお月見

その由来についてはいろいろ言われていますね。

 

お月見の由来が諸説ある中で、一番有力だとされているのが、

中国から伝わってきた、という説です。

 

中国には大昔から中秋の名月を鑑賞する習慣があり、

その習慣が中国から日本に伝わってきました。

 

 

そして、月を見る習慣が日本でも徐々に広がり、

中秋の名月に歌会を開くようになりました。

 

また、庶民の間では月を神としてあがめるようになり、

農民は秋に収穫期に備えて五穀豊穣を祈願する様になりました。

収穫作業が夜遅くまで続く中、満月が明るく照らしてくれたことを

感謝していた、という説もあります。

 

そして、月の鑑賞を楽しむことと、五穀豊穣を祈願する事が合わさり、

それが今のお月見の形になった、という事です。

 

 

お月見でススキを飾るのは、

ススキを稲穂に見立てたものだそうです。

 

そして、団子を飾るのは、

元々は収穫した芋などをお供えしていたのが由来だそうです。

 

それが、江戸時代には、お団子を飾るのが

一般的になったそうです。

 

 

また、お月見にうさぎが月でお餅をついている、とされているのは

中国に由来がある、という事です。

 

中国では昔は月にうさぎが住んでいるとされていたそうです。

 

その話が日本に伝わり、それがいつの間にか

月でうさぎがお餅をついている、と言われるようになったそうです。

もちつきは、満月を意味する「望月」にかけられたもの、

という説があります。

 

 

さて、現代の日本では、お月見は、

中秋の名月のみ行うのが一般的だと思います。

 

しかし、昔は年に2回行っていました。

 

旧暦の8月15日と9月13日にもお月見をしていたのです。

 

「十五夜(旧暦8月15日の月見)をしたら、十三夜(旧暦9月13日の月見)も

しなければいけない。」

と言われていたそうです。

 

それがなぜ、旧暦の8月15日だけお月見をするようになったのかは、

よくわかっていません。

 

 

さて、お月見の日に晴れて月がハッキリ見えたのが、

ここ数年は確率50%だそうです。

 

この時期は台風の季節でもあり、

お月見どころじゃない、という事になる可能性もあります。

 

お月見にはきれいなお月様を鑑賞したいものですね。

 

そして、うさぎがお餅をついているのを見たいものですね。

高円寺 阿波踊りの穴場~踊り手(連)が見える場所

高円寺 阿波踊り 穴場について

阿波踊りの本場といえば徳島ですが、

東京都杉並区で行われる高円寺阿波踊りは

本場の徳島に次ぐ規模の阿波踊りです。

 

毎年120万人近くの見物客が訪れます。

 

それだけたくさんの方が訪れるわけですから、

演舞場によっては人が多すぎて

踊り手(連・れん)を見ることはできない可能性が高くなります。

 

そこで、高円寺阿波踊りは穴場で見物することをおススメします。

 

高円寺阿波踊りは、8つの演舞場が設けられます。

 

中央演舞場、ひがし演舞場、純情演舞場、

パル演舞場、桃園演舞場、みなみ演舞場、

ルック第一演舞場、ルック第二演舞場

の8つです。

 

そのうち人が多い演舞場が、

中央演舞場、桃園演舞場、みなみ演舞場、

の3つです。

 

JR高円寺駅南口と東京メトロ新高円寺駅をつなぐ

メインストリートにこの3つの演舞場があります。

 

ここは混みすぎて場所取りをしないと

踊り手(連・れん)を見ることができないでしょう。(※)

 

それで、穴場とされている場所の一つが、

ルック第一演舞場、ルック第二演舞場、パル演舞場

の3つです。

 

この3つは、道幅が狭いのですが、

その分踊り手を近くで見ることができます。

 

また、この3つの演舞場は

ずっと同じ場所で見続ける見物客が少なく人が流れますので、

しばらくすると最前列で見ることができるようになります。

 

JR高円寺駅南口からパル商店街に入ると、

すぐにパル演舞場があります。

そのまままっすぐ進むと

ルック第二演舞場、ルック第一演舞場があります。

 

東京メトロ新高円寺駅からですと、

ルック商店街に入ってすぐにルック第一演舞場があり、

そのまままっすぐ進むと

ルック第二演舞場、パル演舞場があります。

 

 

もう一つの穴場は、

ひがし演舞場、純情演舞場

です。

 

この2つはJR高円寺駅北口にあります。

 

ルック第一演舞場、ルック第二演舞場、パル演舞場よりは混みますが、

並べば踊り手を見ることができるでしょう。

 

メインとなる演舞場と比べると幾分かはまし、といった感じです。

 

 

最後は、穴場とは言えないかもしれませんが、前夜祭です。

 

高円寺阿波踊りは8月の最終の土日に行われますが、

その前日の金曜日に前夜祭が行われます。

 

前夜祭は、本大会よりも踊り手が少なく盛り上がりに欠けますが、

見物客も本大会よりかは幾分少ないので踊り手をしっかりとみることができます。

 

 

さて、当日の高円寺阿波踊りのアクセスの注意点ですが、

JR高円寺駅は、土日は快速が止まりません

 

高円寺阿波踊り開催されるからといって、

臨時で止まることもありません。

 

平日は快速が止まるので、

高円寺阿波踊り開催日も快速が止まると勘違いする方がいるようですが、

止まらないので注意が必要です。

 

 

※場所取りについて

高円寺阿波踊りは場所取りが禁止されています。

しかし、実際には場所取りが行われています。

だからといって場所取りをするようにおススメはしません。

ルールはきちんと守るべきでしょう。

中之島 精霊流し~ちょっと変わった精霊流し

中之島 精霊流しについて

この動画は、大阪市の中之島の精霊流し(しょうりょうながし)の様子です。

 

毎年8月15日に大阪市北区の堂島川と土佐堀川に挟まれた中之島で

精霊流しが行われます。

 

さて、この動画を見て

「これが精霊流しなの?」

と驚きませんでしたか?

 

精霊流しといえば長崎が有名だと思いますが、

長崎の精霊流しは、精霊船と呼ばれる船に故人の霊を乗せて

流し場と呼ばれるところまで運ぶことです。

 

爆竹が鳴る中、精霊船が運ばれていますよね。

 

下の動画が長崎の精霊流しの様子が撮影されたものです。

大阪の中之島の精霊流しとは全然違いますよね。

 

確かに、長崎の精霊流しは全国で行われている精霊流しとは違いますが、

通常は灯籠(とうろう)やお供え物を川や海に流します。

上の動画は神奈川県川崎市の

多摩川の灯籠流し(とうろうながし)の様子が撮影されたものです。

灯籠流しは精霊流しの別名です。

 

精霊流しはこのように灯籠を川に流します。

 

しかし、大阪の中之島の精霊流しは、川に何も流れていません。

 

中之島の精霊流しは、川岸に設置されたろうそく台に灯をともし、

お供え物を供えます。

 

 

では、これは中之島の精霊流しの伝統なのでしょうか?

 

 

実は、かつては川にお供え物を流していたそうです。

 

しかし、川や海の汚染につながるので、

今では川岸にお供え物を供え、

精霊船が岸に横付けされて、お供え物を処理するようになったそうです。

 

 

精霊流しで灯籠やお供え物を流すのは、

海や川の汚染が問題になっています。

 

それで、海が汚染されないように、

流した灯籠やお供え物を川の下流で回収したり、

河川敷や海岸で回収したりしている自治体が増えています。

 

大阪の中之島の精霊流しのように、

川岸にろうそく台や供物台を設置しているところは、

おそらく大阪以外ではないのではないか、と思います。

 

 

川や海を汚染するのは当然いけないことですね。

 

だからといって、日本の伝統である精霊流しが消えてしまうのは、

なんだか寂しい気がします。

 

川に灯籠が流れているのが見れなくなると思うと、

なんだかさみしいような気がします。

 

環境美化と伝統存続の両立を考えると、

大阪の中之島の精霊流しのような、

灯籠が流れていない精霊流しにしないといけないのでしょうか?

 

ちょっと考えさせられる問題ですね。

秋の七草 撫子~日本人女性の美称の花

秋の七草 撫子について

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秋の七草の一つに撫子(なでしこ)がありますよね。

 

秋の七草は、秋を代表する7つの草花のことで、

山上憶良が万葉集で選定して今に至っています。

 

しかし、撫子は6月~8月に咲く花です。

 

6月~8月って秋ではなくて夏ですよね。

 

ではなぜ6月~8月に咲く撫子が秋の七草に

選定されたのでしょうか?

 

旧暦ですと、7月~9月が秋です。

 

そして旧暦の7月~9月は新暦の8月~10月頃になります。

 

ですから、おそらく新暦の8月に撫子は咲いていますので、

秋の七草に選定されたのではないかと思います。

 

ちなみに七草は春の七草と秋の七草の2つありますよね。

 

春の七草はおかゆに入れて食べますよね。

 

それに対して秋の七草は観賞するためのものです。

 

ですから、秋の七草がゆというものはありません。

 

 

さて、撫子といえば大和撫子(やまとなでしこ)という言葉がある様に、

日本人女性の清楚な美しさをたたえていう花ですね。

 

“なでしこジャパン”は、大和撫子が由来ですね。

 

ではなぜ秋の七草の一つ、撫子が

日本人女性の清楚な美しさをたたえていう花になったのでしょうか?

 

 

これには諸説あります。

 

 

日本神話に

「撫でるように大切に育てられた姫」と

解釈できる記述があります。

 

それが大和撫子の語源で、

時とともに大和撫子が清楚な美しさを持つ日本人女性

という意味になった、とされています。

 

そして、撫子は花が小さくて愛すべきところから

「撫でし子」という名前がつけられたという説があります。

 

大和撫子と撫子の花の語源は全然違うけど、

万葉集で撫子の花が女性を指す言葉として

使われるようになったあたりから、

大和撫子の撫子が撫子の花を指すようになった、

という説があります。

 

 

もう一つは、撫子の花は日本産と中国産があり、

日本の撫子の花を大和撫子と呼ぶようになったことが、

大和撫子の由来とする説があります。

 

そして、万葉集で撫子の花が

女性を指す言葉として使われるようになり、

そこから大和撫子が清楚な美しさを持つ日本人女性

という意味になった、という説があります。

 

 

この2つの説を一緒にすると、

日本産の撫子の花の語源が日本神話の大和撫子であり、

それが万葉集で撫子を女性を指す言葉として使われたので、

そこから大和撫子が清楚な美しさを持つ日本人女性

という意味になった、と考えることができますね。

 

 

大和撫子というと、清楚で美しいけどしたたかさも持っている女性、

というニュアンスが含まれている場合が多いですけど、

したたかさが含まれるようになったのは江戸時代からだそうですよ。

秋分の日におはぎを食べる理由とは?

秋分の日 おはぎについて

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秋分の日の食べ物といえば、“おはぎ”ですよね。

 

お墓参りにいっておはぎをお供えしたり、

あるいはおはぎを食べたりしますよね。

 

 

では、なぜ秋分の日におはぎをお供えしたり食べたりするのでしょうか?

 

 

秋分の日は彼岸の中日と言われていますが、

秋分の日と前3日間と後3日間の7日間をお彼岸といいます。

 

秋分の日はその年によって違いますが、9月23日が秋分の日だとすると

前3日の20日が彼岸入り(お彼岸の始まる日)

後3日の26日が彼岸明け(お彼岸の終わる日)

20日~26日の7日間がお彼岸になります。

 

この時に先祖が現世に帰ってくる、と言われています。

 

先祖が返ってきたときに供養をするわけですが、

その時にお供えするのがおはぎですね。

 

 

 

それで、なぜおはぎなのかといいますと、

おはぎのあんこの小豆の赤い色は、

邪気を払う、災難から身を守る、と

昔から信じられています。

 

それで、邪気を払うという信仰と先祖の供養が結びついたために、

おはぎをお供えし、そして食べるようになった、と言われています。

 

 

さて、秋分の日はおはぎですけど、

春分の日は“ぼたもち”をお供えしたり食べたりしますよね。

 

おはぎとぼたもちは全く同じもの食べ物だ

という事をご存知でしたか?

 

実は

おはぎとぼたもちは呼び方が違うだけで全く同じ食べ物

を指します。

 

では、なぜ呼び方が違うのでしょうか?

 

おはぎは漢字で御萩と書きますが、

秋分の日の季節に萩の花が咲くのですが

萩の花に見立てたことからおはぎと呼ばれるようになったそうです。

 

それに対して、ぼたもちは漢字で牡丹餅と書きますが、

春分の日の季節に牡丹(ぼたん)の花が咲くのですが

牡丹の花に見立てたことからぼたもちと呼ばれるようになったそうです。

 

また、現代ではほとんど使われなくなりましたが、

おはぎには夏と冬にも呼び名が存在します。

 

夏は夜船、冬は北窓という呼び名があります。

 

 

名前の由来には諸説あります。

 

また、地方によっては、ぼたもちとおはぎが違う場合があります。

 

こしあんを使ったものをぼたもち、つぶあんをつかったものをおはぎ

というところもあるようです。

 

 

最近、秋分の日におはぎをお供えしたり食べたりする

家庭が減ってきている、ということですね。

 

時代の流れだからしょうがないと言われれば、

しょうがないのかもしれないですけどね。

 

しかし、たまには秋分の日におはぎを食べてみるのも

いいのではないか、と思います。